2025年も気づけば1ヶ月が過ぎ。
今更ながら去年を振り返ってみたいと思います。
まるで成長していない...心の中の安西先生にそう言われそうな一年でしたが、去年も色々なことがありました。
なんだかんだで投資の方は絶好調。文句を言いながらも稼がせていただきました。
うひょー、これもうFIRE出来るんじゃない?
いつFIREしちゃうの。今でしょ!
一方で仕事の方は絶不調。いえ、業績は良いんです業績は。
職場環境が終わっているんですよ。
この一年間でいなくなった人員は数知れず。
10人を越えてからもうわからなくなってしまいました。
会社全体で10人じゃないですよ?一部署だけで10人以上ですよ?
そんじょそこらのブラック企業なんて鼻で笑うくらい人がいなくなっていってます。
戦争だと死傷者が3割を越えたら全滅と判定されるらしいですが、それに当てはめると我が部署は当の昔に全滅済み。ていうか既に2回ぐらい全滅しています。
○○さんはお休みです。
そんな漆黒と化した我が部署ですが...退職だけではなく休職もまた横行していまして。
ある日突然来なくなる同僚...
○○さんは体調不良でお休みです。復帰は未定です。
能面のような顔で通達する上司にももう見慣れてしまいました。
しかし人はいなくなっても仕事は無くならない。
誰がやるの?勿論残った人員でやるしかない。
まぁ長い会社人生色々あります。
私だって休職したことありますし、困ったときはお互い様。
そう思って快く...いえ、ごめんなさい。正直ちょっとしんどいなぁと思いながらも休職者された方の業務を引き受けました。
意外と余裕
休職される前、いつも大変大変といっていた方でしたので正直戦々兢々としていたのですが...ふたを開けてみてビックリ。
思いのほか大変じゃありませんでした。ていうか、結構余裕でした。
そういやいつも気が付けばお喋りばかりしていたなぁ...
作業内容も手作業ばかりで全く自動化されていなかったので、色々マクロを組んだり試行錯誤していたら、あら不思議。
残業の嵐になるかと思いきや普通に帰れるので、拍子抜けしつつも特に大過もなく過ごしていました。
変わっちまった悲しみに
そんな同僚が最近休職から復帰してきたんですよ。
余裕とはいえども自分の仕事+αでやっていたのでやはり負担があったのも事実。
良かった良かった。これで一安心、そう思っていたのですが...
数ヶ月後、変わらず同僚の業務を代行している私がおりました。
あれー?なんでー?
いえ、そりゃ復帰していきなり戻すのも大変でしょうから、ある程度はフォローしないといけないとは思っていましたよ?
でも、数ヶ月経っても殆ど業務を戻さないのには流石にびっくり。
体調がまだ悪いのであれば理解できますが、ふつーに元気そう。
めっちゃ笑顔でおしゃべりしてるやん...全然体調悪くないですやん...
なんか...ちょっとムカついてきたので上司にいつ頃仕事を戻すのかを聞いたところ驚愕の事実が発覚しました。
怪物が生まれた日
復帰した同僚曰く、
「私がやらなくても職場が回っているのであれば、今の体制で何も問題ないのでは?」
「仕事のやり方を一切忘れてしまった」
「責任のある仕事はもう無理です。私はサポートに回ります」
と主張されているとのこと。
oh...you are monster...
長期間の休職を経て、彼は変わってしまった...
あれ?誰かと入れ替わりました?宇宙人に乗っ取られた?
アルバイトならともかく、貴方正社員ですやん。ていうか私より年次上ですやん。
そんなツッコみが脳裏に浮かびつつも、今の同僚には誰も何も言えません。
そう、今の彼に少しでも注意をしようものなら
「頑張って復帰したのに心にもないことを言われた..この職場は腐っている!」と、人事にあることないこと言うのが目に見えます。
診断書を印籠代わりに、自分がやりたい仕事だけをする、という全く新しい働き方。
第六のFIRE。それは社内FIRE!
Happy birthday!現代社会が生んだ新たなFIREスタイルの誕生です!
鬱は甘えなんかじゃない
鬱は甘えなんかじゃない。病気なのだから配慮すべき。
それはそう。その通り。
本当に精神が参ってしまっていたら何もできないのは当たり前。
私自身、病んでいる時は深夜過呼吸となりこのまま死ぬのか?と思いながら一睡もできず朝を迎える日もありました。
そんな人に甘えと言うのは間違っている、という考えには全くの同意です。
でも...元気になったのに、他人に寄りかかるのを止めないのはどうなんです?
いや本当のところは分かりませんけどね?
せめて体調が悪いふりだけでもしてくれ...そんな元気におしゃべりに興じている姿を俺に見せないでくれ..
頼むから鬱は甘えなどと、俺に思わせないでくれ...
まさにぐぬぬ。
なーんで俺がこいつの仕事せなあかんねん、と思いながらも彼の分まで働く毎日。
勿論給料は変わりません。
セミリタイアも同じなんじゃない?
しかし、ふと思うのですよね。
出来るのにやらない。これ、根本的にはセミリタイアも同じことが言えるのでは、と。
確かに彼は働ける(と思われる)にも拘らず働かないという怠け者となりましたが、セミリタイアしたら同じく私も働けるのに働かないという怠け者。
セミリタイアしたら、気楽な仕事をしたいと思っていますが
「責任が少なく楽しい仕事がしたい!」
と言うのは、言い換えれば
「責任が重く大変な仕事は私以外の誰かがやって!」
と同じなのでは。
FIREを否定するつもりはありません。
しかし...FIREとは別に賞賛される生き方でもないのでは?
賞賛されるべき人とは、辛くて割に合わないがだれかがやらなければならない仕事を頑張ってしている人であるべきではないのか?
例えば、災害救助をしている自衛隊の方や、昼夜問わず人を救っている医者や看護師。
明確に世の中に貢献し、他者の役に立っている人たち。
そんな人たちを尻目に、
イエーイ。FIREしちゃったー!自由な生き方!縛られない生活サイコー!
とか調子に乗って言っちゃってもいいのかしら?
彼を見ながら、最近そう思うようになりました。
終わりに
なんか真面目な話になってしまった。
彼の社内FIREが今後も許されるかどうかは分かりません。
いえ、FIREを否定したいわけではなくてですね。
セミリタイアしますよ?私も。楽に生きたいんですよ。
ただ、FIREして調子に乗るとムカつかれるので気を付けよう。
そんな気持ちになりました。
まぁそんなこと言っていざリタイアしたら「うひょー!サイコー!」とか書き殴ってそうですけど。
以上!